お局様といえば普通、後輩女子社員どもを恐々とさせる存在…でもね。世の中、その逆の会社もあるんです!
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最後に解り合った人たち
ドリップコーヒー
怒濤の5連発掲載に続き、退職にまつわるこぼれ話…
日頃あまり喋らない人と交わした会話など。

1.倉庫のKおじさん
もう倉庫社員としては定年を過ぎ、この数年はパート扱い。
小柄で素朴なおじちゃんだが、フォークリフト操作が上手で
面倒見の良い倉庫番として、外回りの野郎から好かれている。
辞める旨を伝えたら、実は自分ももう身体がついてこなくなったし
ここにいてもあんまりイイ事はないので
12月までの契約をもって退職するつもりだと。
でもまだ誰にも言ってないから、内緒にしてくれと。
この人がいなくなったら、倉庫の出し入れが大分やりづらくなるだろう。
倉庫のもう1人・Aおじさんは、ちょっと冷たいからなあ…
そんな時代が来る前に辞めちゃってよかった(^^)

2.出張所のNおじさん
人望&知識のある人で、本社で定年まで勤めたあと
出張所勤務のパートとなり、不動産物件の管理人をしている。
有能な人で、専務くらいまで上り詰めてよかった筈なのに
ワンマン社長から好かれず、定年間際数年は
まるで用務員のおじさんの如き扱いだった…勿体ない事だ。
Nおじさんは勤続40年以上、私も何だかんだ18年目。
長〜く勤めて内情を知る者同士…社長の超ワンマンぶり、
よそから連れてきた部長に生え抜き社員より高給を与えてはスグ切る事、
「ここに居たってロクな事はないよ」
「あの社長は、ま〜ず人を使うのが下手! 配慮が無い。」
などなど、意気投合(^^)
毒がありすぎて社長から冷遇された、という点では仲間だもんね♪

で、彼は用務員時代、自己啓発研修の取りまとめ役もしていた。
全社員に強制的に書かせ、プライバシーを侵害する年に一度の苦痛
「人生設計書」 を、回収する係。
約10年前、社長の人生設計書の「10年後」の欄に 「社長・I 」
と書いてあったのを、ふと思い出したという。
当時は何のことか解らなかったが、今思うと社長代理のAキラの事だったと。
世襲を何代も守り、一族以外を社長にする事など有り得なかった社長家が、
Aキラ(名字のイニシャルI )を、2つある会社の片方の社長に就任させた事は
たいへんな驚きだったが、それはもう10年も前からの計画だったのか。
やっぱ、社長のバカ息子にはグループ全体を任せられないと
早々に見切りをつけてたのかも?(^^)

3.販売部パートのS江さん
近年高速増殖した主婦パートの中で、この人とは話が合った。
それに気付いたのは、本当に退職間際数ヶ月前…残念。
孤高のお局様だった私、歳が近くても波長の合う女子は長年いなかった。
この人が同じ部署に来てくれてれば、もう少し違ったのに。
たまたま私と同い年で、結婚前は都内の大企業勤め。
終電もなくなる時間まで残業した事もザラだったという。
だから、ダラダラ喋るよりは、仕事に集中してさっさと帰る派。
特に帰り時間の近付く午後は、お菓子なんか配られてもウザイと。

それに色んな事が見えていて、入社後短期間で驚く程
あの会社の中を見透かしていて、短所もよく判っている。 鋭いっ!
パート連中の勤務態度のユルさも気にしてくれている。
あれじゃ社員がかわいそうだと…う〜れ〜し〜っ!!
一時は私の天敵でもあった、ギャル・R子の事が、実は嫌いだったそうな。
向かいの席のR子に見下され、入社当初は辞めたくて仕方なかったと?
「あの子は年上への口のきき方を知らない、ヨソへ行っても大変だと思う」
…私が口にせず我慢していた事を言ってくれた(^^)

今は、R子の後釜・パートのJ子さんにイラついているという。
仕事能力に全く進歩がなく (総務のY子も同じこと言ってたな)
やたらと男の子に一部始終を報告してはベタベタ頼るのがウザイらしい…
う〜ん、そうだったのか。 知らなかった。
退職後すぐ、パート連中5人とランチするという思わぬ機会があり
その時に聞いた話だった。

4.何故か霜降り牛!?
その時聞いた話がもう1つ。 私の退職と入れ替わり・翌日に
会社が組織変更をし、その記念に、社長から全従業員に
霜降り牛が届いたらしい…何だそりゃ!?
突然自宅に肉が届き、パート同士で携帯メールが激しく飛び交ったという。
新年度に無関係な私は、もちろん貰ってない。 在籍1日の差で。
別に肉なんかどうでもいいけど、どこまでも冷遇されてるな〜私…と。
ちなみに高級肉を食べ慣れない人達、腹こわす人が続出だったそうな(^^)

5.総務のY子
退職手続きに関してメールで連絡を取り合っていた筈が
いつの間にか本音暴露大会のメールに発展!(^^)
退職間際数日の間に、何度もメールを交わした。
まあ主に、使えないパート共のユルさに関してかな?
総務もパートが多いので、無駄なお喋りは相当ストレスになってたそうな。
あまり後輩の世話をしなかった私、早くに話を聞いてやればよかった。
彼女も実は、転職先を探しているという。
でももうそろそろ子供も作るんだろうし…どうかな?

6.同じ部署のMヒロ
同い年(会社では私が先輩)のこの男が 「寂しくなります…」 と。
社交辞令だろと思ったが、けっこう本気らしい。
会社に対するスタンスが同じ人が、いなくなってしまうと。
あ〜そうか、わかるわかる!
形は違うけど 「違う!と思った事にはとことん反発する」 姿勢。
ま〜頑張って、ひとりで反抗しタマエ(^^)

7.下請け業者のJロ〜さん
あんまり会社の外の人と縁がなかった私が、ちゃんと名前で呼ばれた
数少ない相手…辞めると言ったら、たいそう驚いてた。
それどころか陰で、しきりに残念がっていたという…意外っ(^^;
送別会のときに、立派な胡蝶蘭が届いてしまって驚いた。
本気で嬉しかった…直接お礼言いたかったな。


まあそんな訳で、最後の最後におもしろ情報を色々得たりした。

しかし、ひとつ自分に身の上で気になる事が。

あの会社は、退職金が1年ごとに支給される仕組みになっている。
毎年1月だが、中途退職者はいつ貰えるんだろう?
5か月勤めた分、まだ貰ってないんですけど??
退職者も1月まで待たされるのか?
自分が総務部を離れてからのシステムなので、詳細がわからない。
就業規則読んでくればよかった…うっかり。
まさか忘れられてるんじゃないだろうな(^^;
トップからの評価が悪いから、どうせ上乗せとかは無いんだろうな。

それだけが心残りではあるが、とりあえず退職の事情はほぼ書き尽くした。
これで前に進んで、退職後の事が書ける。

ちなみに写真のコーヒーは、会社から持ち帰ったモノ。
私は日頃我慢して自腹をきっている分、ブチ切れると小市民的行動に出る。
最後が腹の立つ事だらけだったので、
今までタダ働きしまくった分を少しでも取り返してやろう!! と
会社のドリップコーヒーを少しずつ少しずつ家に持ち帰ってやった。
最終的に、全部で30パック近かったかな(^^)
ちょびちょび飲んで、もう残りこれだけになった。

飲み尽くして、終わりにしよう。
10月からの職場も決まったし、前へ進もう。
坂道を転げ落ちた記録・その5
「その1」 から 「その5」 まで、徹夜で一気に書いてしまった。
長い話ですが、「その1」 から順に見て下さい。

Hロシに辞表を押しつけ、ほんの数日で社長代理に渡る。
間に部長もいたのだが、奴とは一切話してない。
辞表提出から1か月少々、私が辞めるという事に関して
本当にひと事も、部長と会話を交わさなかった…最後まで。

話し合った相手はあくまで、Hロシと社長代理。

ちょうど辞表を出した頃。
展示会に来てくれた、某・地元著名人さんが
サイン入りの本に 「次回展示会を期待してます」 との手紙を添えて、
私に贈ってくれた。 何度かブログで宣伝してやったお店さんからも
久々に訪ねて行ったときに激励されたり。

嬉しいのに、ひどく悲しくなった。
会社の外からはこんなにも評価して頂いてるのに
どうして会社の中ではこんな底辺の扱いを受けて
退職に追い込まれるような思いをしているんだろう。
たくさんの人に楽しみを与えたいし、事実与えているのに
どうして実態の私は今こんなに不幸なドツボなんだろう。
このギャップは何なんだろう。

この裏事情全部、地元民に暴露してしまいたい…

届が受理され、退職日も確定した直後。
いつも不動産部のある社屋にいる社長が、こっちに来ていた。
そして私に向かって無邪気に
「何、辞めるんだって? 今度はデザインの道に行くん?」
などと話しかけてきた… そっちこそ何? その明るさ。
ああ、この人は何も気付いていないのだ。
自分がそもそもの原因を作っている事も、
私が6年前の暗黒時代の出来事を許している筈も無い事も。
尚更、ばかばかしくなってきた。

そうだ、あともう1つ、この時期に辞めた理由はある。
隣の席のT子ちゃんが4月に結婚した。
突然子供ができて辞めるのは、もう時間の問題だろう。
全国の 「お母さん」 の反感を買いそうな発言だが…
妊娠したら全てが正当化され、周りが合わせる羽目になる。
部への愛着や忠誠心が薄れて無気力化している今、
有能な内勤がひとり抜ける分の負担を背負う事は無理。
何としても、彼女より先に辞めたかった…
これは誰にも言っていない超・裏事情。

最後の1か月で、5〜6日は有給を取っただろうか。
今の部に来てから連休取った事ない! という自分の発言を思い出し
今更ながら、憧れの 「2日連休」  を取ってみたり。
できれば5月は丸ごと休みたかったが、引き継ぎの関係で結局
結構な日数を出勤…有給は半分以上余ってしまった。
「部長の顔も見たくないし円満退社じゃないから送別会不要」
と言ったのに、結局開いてくれた…まあもう1人一緒に退職だったし。
皆が気を遣って、部長ヌキの送別会にしてくれたが
事情を知らない奴がうっかり喋ってしまって
ちょっと気まずい事になったらしい…あ〜あ(^^)

退職の最終的引き金となった、部のホームページは…
会議で決められた通り、とりあえず5月にアップさていた。
だが本当に 「とりあえず」。
内容ナシ、「工事中」ページ多し、進捗ナシ。
ダメね〜え…ま、放り出した私が言うもの何だな(^^)

それから退職の大きな原因を作る発端になった、おもてブログ。
最後の最後に、また問題が!
これまで部の収入としていた、私のブログ作成手間。
ブログは不動産部の客からも喜ばれてるし、今度から直接報酬払うから
退職後も継続を考えてくれないか〜という話が出た。
その報酬をいくらにするかという事も含め、要望を聞かれた。
今まで散々我慢してきた分、正直に言った。
部に払ってた額と同等か、または1アクセス1円に換算しろと。

それ、多すぎるんだってさ。
だから退職日をもって打ち切り、と。
一体いくらでやらせる気だったのかね?
タダ働きを見て見ぬフリした挙句、退職後は小遣い銭程度で使う気?
どこまで無神経なんだかねえ…
社長との間に入ったのは、不動産部の現責任者・K部長。
K部長の電話での説明口調がまた、冷ややかだった事。
この人とはこれまで無難に付き合ってきたが
退職1日前にして、大嫌いになった。
ブログは今までの客を誘導しつつ、個人で新しく始めた。
常連さん皆ついてきてくれて、今は自由にやってる。
結果として、これで本当によかった。

退職日には、社員に菓子折を買ってきた。
末端の連中は好きだったから、わざわざ銀座でいいものを買ってきた。
退職時、社長に菓子折を渡す人もいるが…
まあ私もその時の気分によって、と思い、用意はしていた。
でも前日のブログ報酬問題でブチ切れていたので、渡さなかった。
総務部が不動産部社屋のほうにあるので、最後に訪ねて行った時
社長がちょうど会議中だったのをいい事に、最後の挨拶もしなかった。
社長用の菓子折は…全部自分で食べちゃった(^^)


先月、平日の某日。
地元駅のホームで、あろうことか! 社長とK部長を発見…
東京のセミナーか何かに行くのだろうか。
K部長は背を向けていたが、社長には気付かれた可能性大。
でも私は、思いっきり無視してやった。
実はその少し前にも、同じ駅で社長夫人を見かけてしまった。
これは気付かれてないと思うが…何という確率だ(^^;
末端の連中には、とんと会わないのに。

A代さんとの事は根に持ちたくなかたので、
彼女には綺麗なお菓子とハンカチをあげた…
向こうからも、立派すぎるお花をもらった。
もとの無難な関係に戻った。

ところで退職後に1つ、最後の最後、また怒りの置き土産。
離職票、遅すぎーーー!!
何で退職日から2週間もかかる?
私が総務やってた時には、そんなの有り得なかった。
頭数揃ってて、何とユルイ仕事っぷり。 バカ総務め!!


まだ本筋から外れたサイドストーリーがあるので
退職がらみの話はもう1回続きます。
坂道を転げ落ちた記録・その4
お手数ですが、「その1」から順に見て下さい。

Hロシは、ちゃんと私をわかってくれている。
部長との間に挟まれて、言いづらそうだった。
私だって、部長にも立場があるのは判る。
でもどう考えても、この時の部長の判断は明らかに
研修自体を重んじるというよりも、研修主催者である
社長代理のAキラへの媚びから来るものだった。
Aキラへの心証を良くしたいだけ…その事が、尚更許せなかった。
さらに部長は毎年必ず夏に、家族旅行と称して2連休を取る。
そして意外と身体が弱く、よく風邪と言って休んだり
頭痛と言って遅刻したり、少しどこか痛いだけでスグ周囲にアピールする。

私は工事部門に移ってからは、皆に電話番や雑用をさせるのが悪いと思い
一度も 「連休」 を取った事がなかった。 モチロン病気もしない。
この私が、あんな部長から、こんな大事な用事を妨害されるなんて。

あまりに腹が立ち…割と大声で言った。

気安く風邪で休むような奴に、こんな事言われる筋合いはない!!
展示会を主催するって事が、どんな事か判ってないのか!?
有名人様じゃあるまいし、予告したのにお客を裏切って
ドタキャンなんて出来るか!!

怒りのあまり、しまいには涙が出てきた。
話していた相手はHロシだが、部長にも聞こえたかもしれない。
でも知るか…いや、むしろ聞け!!

部長には俺から言ってみるからとHロシになだめられつつ、
怒りは大きくなる一方だった。
部長になって半年、このところ急に独裁者の傾向が出てきている
Hヒロ部長は、やはり一度言い出した自分の意見は変えなかった。

私ももちろん頑として引き下がらず、予定通り休んだ。

仕事と言っていい筈なのに、「すみませんが有給下さい」 で、
その 「休む」 にもこの有様。
社長やA代さんとの関係も相変わらず。
針のむしろでの展示会となった。

会社での雰囲気とは裏腹に、展示会は有り得ない大盛況だった。
問題の 「2月の第1土曜」 も多くの人が来て、
私を見て喜んでくれた…立ち会って正解だった。
裏話本は150冊ほど売れた、これも有り得ない好成績。
本を読んだうえで、みな事実に驚きつつ益々応援してくれた。
実は原価400円以上のところ、わざと100円で売った。
会社が認めないなら、1冊でも多く世に送り出してやる!と。
会社への当てつけだ…ふふふ。
社長も、展示会で売るだけならたいした部数じゃないと
思ってただろうにね。 ザマミロ!(^^)
展示会大成功 = 自社ギャラリーに客を多数呼んで会社の宣伝をした
という事で、会社ももう私を否定しようがなくなった。
立場好転。 それにブログ客からの期待をナマで感じ取り、
この人たちの為にももう少しここで頑張ろう! と思い直した。

が、その気持ちは2か月足らずで崩壊した。
部の繁忙期に展示会で余計事をしたり休んだりした分、
終了後は部の仕事に力を入れるつもりでいた。
しかし有給事件後、自分でも驚く程、部へ尽くす気持ちが
なくなってしまった…仕事がまったく手につかない。

今まで突っ走ってきたぶん、ぷっつりと糸が切れた途端に
もう元に戻りようがなくなってしまった。
そんな中、コンサル同席の会議と、それに関する私の仕事の進捗の遅さを巡り
部長との関係はますます悪化する一方だった…意見も合わなくなっていた。
鬱が、仕事の進捗に影響するようになってしまっていたのだが
その原因を作ってしまったのが自分だとも知らず、部長は冷ややか。

バリバリに働きたい筈だったのに、気持ちがついて来なくなった。
少し様子をみたが、やはり元に戻れそうにない。
4月初旬、ついに、Hロシに辞意を伝える…その辺りは前に書いた通り。
辞表を受け取らないHロシに引き留められ、思いとどまりかけたが
その数日後には、部長との間にまた決定的な出来事が。

コンサルも絡んでの、部のホームページ全面リニューアル。
トップページのデザイン案作成は、私の仕事だった。
コンサル同席の会議で大筋を決めて、それに沿って作る。
次の会議までに形にしておく、という宿題だった。
が、その次回会議が目前に迫った事前打ち合わせの日…
部長は、会議で決まった事と違うことを言い出し、
勝手にラフ案を作ってきて、この形で作れと言い出した。


何、この独裁者っぷり?
この人は最近急に変わったけど、ここまで来たか。
会議案通りに作りかけていた私は、じゃああの会議は何だったのかと
食い下がったが、部長はもう自分の案に酔っている。
私は、どっちを取るべきか…当初会議で決まったほうを取った。
前日夜11時までかけて、作った。

そして会議当日。
部長は、私・そして用意したプロジェクターを100%無視して
自分1人の口だけでペラペラとコンサルに説明し続けた。

アホらしい事に、連日多くの会社に首を突っ込んでるコンサルも
前回自分の言った事など忘れ、部長と意気投合している。

全てが、ばかばかしくなった。
部長との溝も、修復不可能な所まできた。

その晩、Hロシにムリヤリ辞表を押しつけた。
「部長とは一切話す気はないから!!」 との言葉を添えて。

もうちょっと続く。
坂道を転げ落ちた記録・その3
長い話です、「その1」から順に見て下さい。

2週間後に展示会を開くのに、展示物が何一つ用意できてない。
ほぼ 「写真展」 な訳だが、何千枚(万かも)もあるデジカメ写真から
展示対象物を選ぶのは、とんでもない膨大な作業だ。
しかも写真をたくさん貼り合わせた巨大ボードも制作予定。
もし写真に写ってる人に会えたら本人にプレゼント! としていたので
焼き増しの為、データの所在もちゃんとしておかなければ。

パソコン内にある約3年分の写真を全部見て、
何月何日に何を撮ったか?を、すべてノートに書き込んだ。
まず、休日に丸2日かけてこの作業。
パソコンとノート書きの繰り返し、高速で目をギョロギョロ。
肩と首と手がすごく痛い大変な作業だったが
おかげでこの後、急ピッチで写真を選定するのに大いに役立った。
あとは説明書きや挨拶文等の掲示物をたくさん作らねば。
大きな展示物もいろいろ作成…広い場所が必要なので、
仕事が終わったあと会社の1室を借りて、毎晩深夜まで作業。

当日までに終わったのは、ほとんど奇跡。
常識的に言って、普通に働きながら2週間で準備できる量じゃない。
とにかく必死だったし、展示会行きます!と言ってくれた読者に
会うのが楽しみで、死ぬ気で頑張った。
あまり寝てないし、会社で周囲に気を遣いながらの準備。
だんだん痩せてきた。 が、ひたすら無心に目標に向かった。

会社の若干名との間に、重い気まずさは続いていた。
それはあくまで、トップそして不動産部との間の事だった。
だがこの準備ラストスパート時、実は思わぬ方向からの攻撃があった。
退職への引き金を引いたのは、これだった。

本来は仕事から派生した事なのに、自費・自腹でやっている活動。
不動産部という別の部署の仕事をしていて
同じ部の人間に何だか申し訳なくて、肩身の狭い気持ち。
近しい同僚たちは、その事を察してくれていた。
詳しい事は知らなくても、とりあえず応援してくれていた。
社長や不動産の連中と気まずくても、同じ部の連中とは楽しくやっていた。
だから私も、そんな連中になるべく迷惑をかけないよう気を遣った。
そうやって、持ちつ持たれつの良い関係を保っていた。

会社は月に一度、土曜日が出勤日だった…基本的に第1土曜。
通常業務は行わず、研修日。

その中で1月だけは、特別な自己啓発研修が行われる。
いつもそれは第1土曜か第2土曜だが、今年に限って第3となった。
その日は、本州の果てから来る知人と何ヶ月も前からの約束があった。
年に1度しか会えない人との約束があるうえに、
展示会準備も相当ヤバい。 悪いが研修は休ませてもらおう。
間の悪い事に、2月の第1土曜出勤日も展示会開催期間に当たる。
土日くらいは私が常駐して、ブログ読者を迎えたい。
2回連続の研修休みは申し訳ないが、実際たいした研修じゃない…
というか、ハッキリ言って内容がほとんど無い、無駄な日だ。
展示会は仕事も絡んでいるのだし、ここは展示会を取るべき所だ。
何と言っても私の個展、私が主催者なんだし。

ブログでも既に 「土日は常駐予定」 と予告していた。

だが、2枚一緒に出した有休届は、部長の所で止まった。
部長からは直接何も言われていない。
その下・私の直属上司に当たるHロシの口を使って言わせた。
2月の研修に、午前中だけでも出ろと。
展示会立ち会いは、午後だけにしろと。
案内ハガキには 「常駐予定」 とある、
予定はあくまで予定なんだから、居なくてもいいんじゃないかと。


この時の怒りと悲しみを、どう言葉で書いたらいいのか。

私の個展。
私に会うのを楽しみにしてくれてる人がいて、会場に来てくれる。
不動産部のお客も来る、予告もしてある。
日頃さんざん肩身の狭い思いをしていた私が、堂々と表に出る日。
普段会社の外の人から名前も呼んでもらえない
「部署の底辺の事務員さん」 が、初めて主役になれる晴れの舞台。
それを、何と軽く見られたことか。
これまで、同じ部署のあんた達に気を遣って、
どれ程辛い思いでコソコソと不動産部の仕事をしてきたか。
本心ではそっちに命を捧げたいのを必死に耐えて、抑えて、
「工事部の底辺の事務員さん」 に徹して我慢してきたのに。

さらにもう1つ、重大な裏事情がある。
ボランティアでやらざるを得なかった情報ブログ、実は不動産部から
私個人に少しばかりの報酬を…という話が出た事もあった。
だがそれを固辞して、私自身でなく、私の所属する 「工事部に」
年間50万からのお金が入るようにしてあった。

私のボランティア手間は、まるまる工事部の純利益として計上。
いくら注目を集めようと、私自身は1銭も貰わずに。
よその部署の仕事をコソコソやりながら、
そういう形でも気を遣っていたのだ。 なのに。

まさか、すぐそばにいる人が、理解してくれていなかったとは…
尽くした相手に、こんな形で気持ちを裏切られるなんて…

続く。
坂道を転げ落ちた記録・その2
長い話です、とりあえず先に「その1」を見て下さい。

展示会開催と裏話本の発行が決まったのが、8月下旬。
開催日は1月下旬より…準備期間は5か月。
一番手間がかかるのは、本を書くこと!
8月下旬から早速作業にかかり、11月上旬に書き終えた。
ずっと連載していた4コマ漫画も収録しつつ、約140ページ。
文章部分だけ、A代さんを介して、問題の社長検閲に出した。

1週間待たされ、冷ややかな答えが返ってきた。
もともと社長は、全くシャレの通じない人種である。
私の書いた事は本気で 「会社の悪口」 として受け止められた。
そしてA代さんも内容が気に入らないらしいのが、態度でわかる。

「会社の悪口が書いてあるものは、会社で買い取る事はできない。
自分の名前で自費で出版して展示期間中に売るのは仕方ないが
以後ギャラリーに置くことはできない。」


別に全額自費は構わない、元々そういうつもりだったのだ。
だが一度買い取ると言った話を、最悪の空気の中で引っ込められては
こちらも気分が悪い。 何より、あの程度の文章で
「悪口」 呼ばわりされた事が心外だった。

苦労話を書いたし、ユルい企業ブログは存在自体が恥とも書いた。
あの情報ブログが会社の功績でなく私個人の努力の産物である事を
知られるのが、そんなに気に入らないのか。

社長からのお達しは 「あくまで要望」 との事だった。
そのまんまの文章で強行出版する事もできた。
だが私も、譲歩した。
社長の機嫌を損ねて、展示会開催自体が白紙になったりしては
元も子もない。 それにギャラリー責任者であるA代さんとの関係が
気まずいままでは、2週間に渡る展示会が非常にやりにくい。
彼女とは17年間、無難に付き合ってきた…この関係を壊すのも何だし。

重苦しい雰囲気のせいで相当鬱になって、数日は何も手につかなかった。
だがそんな事は言っていられない、年内に仕上げて印刷せねば
展示会に間に合わない、シャレにならない。
文章表現を丸くしたり、一部削ったりして、全体を見直した。
辻褄が合うよう気遣いながら、これだけのページ数の文章を見直すのは
かなり大変な作業だ。 通常業務とボランティアブログに加え、
急ピッチの見直し作業…11月下旬、再提出。
また待たされる…もう印刷に向けて最終調整に入らないとまずい。

12月上旬。 帰ってきた答えは、全回と同じ。
私の本は、会社から拒絶された。

結論 「私名義・買い取りナシ・展示期間後はギャラリーに置くな」

ギャラリーでは他人の本を何冊か代行販売してるくせに、
社員の本は置いてくれないわけか。
しかもギャラリーのシンボルマークをデザインしたのは、私だよ。
ギャラリーと何らかの関係者だって事も、ブログ読者もうすうす知ってる。
その私の本を、置かないんだ…ははは。

ここでひとつの問題が出てくる。
本に発行者の連絡先を書きたいが、会社の名前・住所はダメ。
メールアドレスも会社のものが使えない。
展示会に来られない人に後で見てもらう手段を設けたかったのに
置く場所もないし、通販で自宅住所を公開するのも嫌だし…
苦肉の策として、大急ぎでメールアドレスを1つ取得して
全ての連作先はそこへ・通販の時は会社の封筒で送ってしまおう!と。

ものすごく気まずい雰囲気に耐えつつ (周りの人は誰も知らないけど)
そして年末、本業の事務仕事が繁忙期になってくるのと平行しての
本発行の最後の詰め! 想像以上に時間がかかった。

ぶっちゃけ、年内に終わらなかった。
冬休みを使っても、とても終わらなかった。
まあ素人向け同人誌印刷屋は、自分で原稿を全て作って差し出すぶん
普通の印刷屋で本を作るより格段に納期が早い。
最終的に、1月10日に会社を休んで入稿しに行った。
展示会は25日からだというのに、検閲で時間を無駄にして
肝心の展示物は何一つ用意できてなかった…案内ハガキすらも。
なのに、あと2週間かよ!!


続く。
坂道を転げ落ちた記録・その1
そもそも、会社を辞めるに至った経緯はどんなものだったか。
今更の後追いだが、記念に? 書いておこう。
坂道を転げ落ちるきっかけになった、事の発端は
今からちょうど1年前くらいだった。

私はもともと、地元が好きではなかった。
なのに、ひょんなキッカケで
架空人物を主人公とした地元情報ブログを運営する事になった。
最初の約2年は、ブログを面白く・情報をバランス良く!
という、義務感や一種の完璧主義。
そして、そうする事によって読者を楽しませたいという
いわばエンターティナー精神のようなもの。
さらに、多くの支持を集めて会社の上の者共を見返してやる!
存在無意味なユルい企業ブログを書く同僚共に見せつけてやる!
という野心。 それが全てだった。
通常業務と別途の、事実上ボランティア状態・二足のワラジ状態。
それでも、とにかくプライドだけで保っていた。

ところが、そんな気持ちに変化が現れてきた。
昨年7月、3日間に渡る地元の一大イベントを取材した時
それが確かな形になってしまった。 それつまり…

地元を愛してしまった。
一大イベントを成り立たせる人達の営みを、愛してしまった。

その時感じたものを速攻ブログに載せ
それが地元民に伝わったのが、本気で嬉しかった。

だがそれは喜びと同時に、苦しみも生んだ。
所詮は企業の下で、架空人物を装って書いているブログ。
本当の自分を出し切ることはできない。
なのにブログはどんどん大きくなり、
架空の姿のまま多くの人とコメントをやり取りせねばならない。
会いたい人がたくさんいたが、この立場ではどうにも出来ない。
本当の自分として、地元の人たちとふれ合いたい。
この気持ちは大きく膨れあがり、居ても立ってもいられなかった。

そこで、ふと思いついた名案。
取材の為に撮った地元写真で展示会を開き、同時に本を一冊書こう。
本は「裏話本」として、私の正体やブログ運営の実態も明かそう。
本当のことを知ってもらったうえで、みんなに会いたい。

みんなと言っても、一体何人来てくれるかは判らない。
でも会いたいと思っている人のうちの数人は、まあ来てくれるだろう。
不動産賃貸部門の宣伝として始まったブログだが、
物件入居者の中にもブログを楽しみにしてくれてる人が数人いるらしい。
そんな人達への営業にもなるし、悪い話じゃない筈だ!

早速自社ギャラリーの空き状況を聞き、会社に申し出た。
仕事絡みだが、費用は全部自分持ちでも構わない! という事で。

ところが…会社の最初の反応は、シラケたものだった。
「何を言い出すんだこの娘は?」 といった感じ。
地元と地元民への愛が燃え上がった私とは、あまりに大きい温度差。
架空キャラを作るにあたって何ら生産に寄与していないくせに、
私がボランティア状態だった事も知っているくせに、
ブログのアクセス数と内容を本当は喜んでいたくせに (後で知った)、
いざそれが意志を持って一人歩きすると、気に入らない訳か。
自腹でいいというのに、それでも本を書くのは気に入らないのか。
開催するとして、主催者は誰にするのか?
もともと会社のものなんだからオマエではおかしいのでは?
という事も言われた。 私が一人で引っ張っている世界なのに、
所詮会社にとっては、会社のひとつの道具でしかないのだ。
誰に何をどう言われたかは、あえて伏せておいて…

数日待たされた結果、社長のとりあえずの結論が伝わってきた。

主催者は私、会社は「協賛」という形に。
ギャラリーは会社が無償で提供するが、展示物は私持ち。
本は印刷する前に会社の検閲を受け、私持ちで印刷したうえで
会社が一定部数を買い取り。
展示会終了後もギャラリーに置いて販売してくれる。
社長との仲介役は、ギャラリー責任者のA代さん。

「金なら自分で出すから、とにかく好きにやりたい!」
が希望だったので、まあ悪くない条件だ…の、はずだった。

続く。
「あっという間」すぎる2か月半
ものすごく間をあけてしまった…
もう誰も見てないだろうな、まあいいや(^^)

「裏ブログ」 はストレスからくる勢いで書いていたので
ストレスから解放されたおかげで、このありさま♪
それと本当は、自分の中で全然気持ちが整理されていなかったので
ここにもどう書くべきか? こっちの世界で知り合った人とも
どう接するべきか? 顔を出す気になれなかった…

それでも書き残しておきたい事は色々ある。
遅くなっても、追々書こうと思う。

しかし。

そんな事やってる間に、秋からの職場が決まってしまった(爆)
しかもこの数年 「第一志望」 にしていたP社に、あっさりと。


年内は働かないはずだったのになあ…
憧れの 「失業手当生活」 は、ほんの入口で中断を余儀なくされる。
(しかも自己都合退職だからまだ給付制限期間、もらうのはまだ先)
まさか7月に、P社の募集記事を見つけようとは…早すぎ。

ここが決まるまでの間にも色々あった。
また改めてゆっくり書こうっと。
まさかの月割り報酬
そんなわけで、退職。
退職にあたり、いろんな人とちょこっと話して
いまさら意外な情報を得たり
それ以前に、退職を決意するまでの過程とか
書きたいことは山ほどあって
それはみんな書いたろと思っているが、
順序は無視して、とりあえず今いちばん言いたい事を。

社内で微妙なポジションにいた
私・日本一弱いお局様の仕事は、大きく分けて3つ。
私のやっていた仕事は、今後どうするのか?

1.工事部門の営業事務
退職日の1か月前に退職届が受理され、
あわただしく求人広告を出し、後釜を募集した。
同じ部署のパート・E美さんも同日退職なので、
社員とパートを両方募集。
かなりの人数の応募があり、連日たくさんの
ネ〜チャンやオバチャンが面接に来た。
面接室から時々しらじらしい笑声が響くたびに
「私の代わりなんか採らないでよ…」
と勝手なことを思いブルーになったりもしたが。

まさか全員落とすなんて!?
何が気に入らないのか、どこの大企業のつもりなのか、
面接で絞った数人をわざわざ六本木まで行かせて
適性検査(クレペリンと性格検査)を受けさせ、
その結果みんなボツにしたそうな。

そんな敷居の高い会社かよ。

そして私の事務仕事は誰に引き継ぐかと思えば…
四捨五入で50歳の、S夫オヤジ(爆)
どうやったら、こんなフザけた決断ができるんだろう。
だったら無理にでも若いネ〜チャン入れろよ。
彼にだってもちろん、自分のもともとの仕事があるし
性格的にも 「几帳面な事務仕事」 には向いてない。
社内オフコンシステムやエクセルを使いこなせと言ってもねえ…
だいいちこれが決まったのも、ほんの2週間位前。
1ヶ月サイクルの事務仕事をひとまわり教える時間ナシ、
しかも一番のヤマ場 「月末」 を一緒に過ごせない。

案の定、引継は相当怪しい感じだった。
本来は、まともな引継ぎなんかしてやるもんか♪ と思ってたが
これはいくら何でもS夫オヤジも迷惑こうむる営業共も可哀想だし
私もちょとマニュアル・フェチなところがあったり(^^; なので、
円満退社でもないのに、マニュアルたくさん作って置いてきた。
それでも、相当に怪しい。
こりゃ1か月でグチャグチャになるな。
でも知〜らない♪ 決めたのは、会社だ。

2.販売部門のチラシデザイン
私の使ってるソフトを、他に使える人は皆無。
デザイナー系の代わりも来ないし、事態は深刻なはずだが
販売部門の奴ら、何故か私に誰も何も言ってこない。
みんな自分が引き継ぐのが嫌なんだろうね(^^)
私がいなくなったら、お終い。
ワードでつまんないチラシ作るのか、あるいは外注か。
それすら決まってナイっぽい。

3.問題のおもてブログと4コマ漫画
会社としては元々は、いちおう退職してもお金を払って
両方とも私に続けて欲しかったらしい。 しかし。
ブログについては早い話、報酬面で折り合いがつかず
打ち切り…

1日1000アクセス稼いだ、情報ブログ。
多くの読者をいきなり放り出す事は出来ないし、私もやりたいし
私個人で新ブログを始め、読者もそっちへ誘導した。
これは根の深い長い話なので、別の機会にするとして。

月イチの4コマ漫画
「1年契約で2万円・商品券で私個人が報酬をもらう」
いままで、そういう形でやってきた。
ところが契約を1か月残したところで退職日が来る。
区切りがいいし、残りの1回は描いてもよかったのだが。
「打ち切り」 …あっそ。
報酬面での私の要求が気に入らなかったのか、
とにかく退職日をもって、すべて縁切り。
報酬は後払いなので、今年分をまだ貰ってなかった。
忘れられては癪なので、担当部門の長に
「月割りでいいので何らかの形で払ってください」 とメールした。
でも私はいままで、その不動産部門に対して
ずいぶん個人で尽くしてきた。
それに17年と少々勤めてきたのだ。
「お疲れ様」 の意味も含めて、満額くれるかなと思ってた。
しかし。 不動産部門の小僧が最後の日に

「じゃあ12分の11で計算して100円単位に
繰り上げて振込みしますから♪」


・・・・・・・・・・・・・呆れた。マジで。
しかも、この漫画とブログ打ち切りという件について
会社から返答が来たのは、退職日前日だし。
退職目前にして、久々のストレス胃痛だった。

今日、銀行で通帳記入してきた。
本当に、18400円だった。
不動産部門から、餞別に2000円の菓子折はもらったよ。
でもそういう問題じゃない、それとこれとは別。
17年も勤めて尽くしてきた人間から、
たかだか1600円を差し引くんかい。
17年勤めた人間に、この扱いかい。

「辞めてよかったんだ、あんな会社」
…再確認した。
頭にきたので、新しいブログの番外編コーナーに
うんと遠まわしではあるが
「会社からロクな扱い受けてなかった」 旨を書いた(^^)


私は、こんな会社に 「日本一弱いお局様」 として
長年勤めてしまった。
末端には、いい奴もいっぱいる。
でも上層部の若干名が、腐っている。
というか社長が、人の誠意に応えられる人種ではない。
だめだ、こりゃ。
だからみんな、早々に辞めていくんだ。
働き盛りのベテランがいなくなっちゃったんだ。

私は、傾いてきた船を見捨てた。 それだけ。
ふたりきりの送別会?
久々に、外で飲み倒した。
昨日は休日だが、同期・兼・上司のHロシと飲んだ。


私達は別に、プライベートで連絡を取ったり
ましてや休日にわざわざ会う事など皆無だが
今回だけは特別に…これが最初で最後だろう。
本来は明日 「健全すぎる食事会・第2回」 という事で
このあいだHロシのおごりだったので今回は私…という筈だったが
Hロシに研修の予定が入ってしまった為、日にち変更。
そして私が 「今回は飲み倒したい!」 と言って、こんな事になった。

お手軽系ながら、小さな個室がたくさんある居酒屋にて。
夜7時半に始まり、閉店の2時まで…6時間半かよ!
世の中が飲酒運転にうるさくなってからは、
田舎住まい(車で帰るしかない)の私は本当に地元で飲まなくなった。
だが今回ばかりはタクシーでも代行でも使って
とにかく飲みたかった。そして食いまくる!
とりあえず2人で瓶ビール6本、私は途中から
ゴディバミルクだのカルーアだのという惰弱な酒に切り替えつつ。

話の内容は、まあ殆どが職場がらみ…かな。
時々真面目に 「これからの事」 の話になったり
酒が回りすぎてボヤ〜ンとしたりしつつ。
私が辞表を出してから社長代理に至るまでの話も少し聞けた。
Hロシは、とにかく第2回食事会で何とか気を紛らわして
引き留めてくれるつもりだったという。
でもその前に私がプッツリいってしまった訳か(^^)
社長代理には 「お前は引き留め方が下手だ」 と言われたという。
いやそんな事はない、断じて。
この男がいたから、私はここまで留まっていだんだ。
この数年間 「退職」 の2文字が頭にちらついた時、
いつも真っ先に思い出すのはコイツの顔だった。

私達は、男女の関係にはならない。
正直チラッとそんな気分になる時もあったが
自分の中ですぐ打ち消してきた。
向こうは3人も子供がいる妻帯者で、そもそもこの会社に入ってきたのも
結婚するので昼間の安定した仕事を(←選択誤ったな)という事で
中途入社でよそから転職してきたのだ。
会社でもこんな場所でも、お互い色気のない会話を繰り広げる。
でも奴は時々、ふと素直に、自分の気持ちを話してくれる事がある…
そういう瞬間がとても嬉しかったし
向こうからも同じ事を言われた事がある。
17年近い付き合い(最初の5年は口きく機会なかったけど)の中での
程良い距離感が、とても居心地よかった。


しかし。 お互い、用もないのに電話やメールをするキャラではないので
どちらかが辞めるという事は、それは殆ど 「永遠の別れ」 に近い。
それが、すごく寂しいというか悲しい。
もうちょっと、一緒に働きたかった。

もう、残り10日を切ってしまった…
つぼね退職
退職届、受理された。 5月20日決定…
書面を出してからは呆気なかった。
「言い出したらきかないキャラ」 と思われてるからなあ。

先週末に社長代理に呼ばれ、理由をきかれ
大泣きしながら様々な事情を語った。
いつも余分に喋りすぎる社長代理が
今回は黙って受け止めてくれて、
「返す言葉が思いつかない」 と、長い沈黙。
謝られてしまった。
考えてみたら、この人が社長 (グループのオーナー社長と
区別するため、敢えてここではいつも社長代理と書いてます。
実際あんまり権限ないし。)
 になってから3年位か?
以来、10年選手が辞めるのは初めてだ。
しかも円満ならざる事情で…

まだ働きたい理由も、辞めたい理由も、どちらも大きい。
どっちを選んでも、それぞれ後悔は残る。
それは判っていた。
でも正式受理されてからの喪失感の大きさは
かなり想像以上だった…


今日から有給使いまくりモードに入ったが

あんなに時間が欲しくてたまらなかったのに
もっと東京にたくさん行きたくて仕方なかったのに
ゆっくり眠ったり、ゆっくり地元取材をしたくて
いつもキリキリしていたのに

ちっとも嬉しくない。


今日、憧れの 「時間を気にせず平日の東京をブラブラ」
に行ったのに、何も楽しくない。
もうひとつ憧れだった 「失業手当生活」。
3か月据え置きの後の支給、
それまで 「仕事してない」 状態に耐えられるのか。
いずれ立ち直るけれど、たぶんこの状態は長い。

何より、今まで自分が戦ってきた相手はいつも
「トップ」と 「トップに媚びる無能者」 だった筈なのに

辞める直接のきっかけを作ったのが、今いる
愛着のある部の 「長」 であること…
それが自分の中では、ものすごくショック。

こんな形で終わりたくなかった。
どうしても部長を許す事が出来ないし
出られる精神状態でもないので、送別会も辞退する。

隣の席のT子ちゃんが新婚旅行に行っている間に
退職届を出した…彼女は昨日からの出社だったが
「お帰り〜! ところで来月辞めるから。」
はあんまりだと思い、週末あたりに話すつもりでいた。
が、昨日夕方に事が固まり、今日明日私は休み…
変なルートから伝わるのも失礼かと思い、
昨夜手紙を書いて、机の上に置いてきた。
今日は騒ぎになっていた事だろう…ひどい先輩だなあ。
でも今は自分のことしか考えられない。

親には間際まで内緒にしておきたいので、今日も明日も
会社に行くフリをして家を出る。
今日は東京、明日は地元でブラブラ。
偶然にも明日は、個展がきっかけで知り合ったお姉様と
会うことになりそうだ。 とりあえず退屈はしないかも…
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